2011.09.11

9.11 同時多発テロ事件。あの時僕は、そしてその後、、、

もう10年たった。

あの日のことを、快晴だったあの日のことを、はっきりと覚えている。そして、その後の一ヶ月くらいの毎日のことを。

僕は、ちょうどスタジオに向っていた。五番街の眼の前でみていた。なにが起きているのかは誰も良くわからなかった。

あの事件が、こんなに多くの人の生活に影響を及ぼすとは思ってもいなかった。僕も、あれを機会にいっぱい考えた、感じた。

911を機に、世界はもっともっと平和の方向に、心の通じ合う方向に進むのだと感じていた。その時、マンハッタンに住んでいたほとんどの人がそう信じていた。けれども歴史は逆の方に曲がって行った。

911のことでは、話したいことが山のようにある。毎日が感動の日々だった。あんなにニューヨークという街を誇りに思った事が無かった。そのニューヨークには、力が以前よりも無くなった。

個人のレベルでも、社会のレベルでも、沢山のことが起きた。

まさか、10年後に、まだ現場にグランドゼロの後が残るとは予想もしていなかった。まさか、10年後の世の中が、こんなに停滞しているようになるとは予想もしていなかった。

歴史の流れというのは不思議だ。自分が歴史の一部だということ、そして大きな歴史の流れの中でしか、自分というものが存在できないということも実感している。

とにかく感深い。そして、無くなられた多くの人に冥福を再び送ります。そして、その家族、友人たち、その後、いろいろ病気になった多くの人たちに、祈ります。

僕にとっても大きな事件だった。個人的には、この事件で有意義なことをいっぱい学べた。でも社会的には、かえって逆もどりしてしまった。今年の東日本の大地震、原発事故も、僕個人的には、いっぱい学ぶチャンスになっているに違いない。そして社会的にも学ぶ機会になって欲しいと願っている。いまのところ、そういうポジティブな動きはほとんど見つからない。

いろいろ考えないで、やはり、今日は祈ろうっと思った。

Post to Twitter

| Posted at 00:37 | 未分類 | この記事のURL | コメント(3)


 

テクノロジーがどんなに進化しようと、人間はそれに対応できる部分と、できない部分があると思います。どちらを主流に生きたいのか、考えています。ご冥福をお祈り申し上げます。

posted by:野菜 at 2011.09.1109:26

いろいろ考えないで、やはり、今日は祈ろうっと思った、という最後の一文に、共感です。祈るということは、静かで、現実的な力があると、最近強く思います。

posted by:けい at 2011.09.1511:55

僕も「祈る」ということは、あんまりしないで瞑想をすべきだと思って進んで来たけれど、最近、「祈る」ということの美しさも分かって来た感じがする。
祈るという時には、相当、透き通ったものが必要だと思っている。
瞑想とはまた違ったパワーのようです。

posted by:masahiro at 2011.09.1512:44

コメントを投稿




RECENT ENTRIES

ARCHIVES