2011.03.09

なぜ、瞑想集中コースでボディ・エクササイズも大切にしているか?

5日からTaoZen瞑想エクササイズ集中コースが始まった。ステップ1として今回は、 約6ヶ月のコースだ。

参加者は毎日瞑想とエクササイズと、あとは自分で決めたことを行うという約束をしています。

なぜ、瞑想コースなのに身体エクササイズを大切にしているのか?

特に日本にきてから感じたことは、からだにバイタリティがない人が多いこと。僕自身がからだが弱かったので、からだが元気ということがどんなに大切かを痛感している。からだは、心や精神の宿るテンプル(寺院)だ。それだけではなく、からだ自身にも意識がある。筋肉隆々とかスタイル抜群とか言う必要はないけれど、からだになにかバイタリティが欲しい。

現代生活をしているほとんどの人が、運動不足。コンピュータの前に座っている時間の多く、せいぜい駅の階段の上り下りくらいのエクササイズしかしていない人が多い。

一方、普段エクササイズをしている人は、本当にからだのことや、心のことを考えずに、とにかく美しくなるために、あるいは、強くなるために、トレーニングしている人が多い。これでは、建物(器)だけが素晴らしくなっていくだけだ。

本当のトレーニングは、心にもからだにも魂にも、同時に良いものであるはずだ。からだだけに良いもの、心だけに良いものでは、不十分。統合的なトレーニングが必要だ。

瞑想に興味のある人は、からだが弱かったり、カラダを鍛えている人は感情とか眼に見えないことに無頓着だったり、そういう時代はそろそろ終わったと思っている。男性も女性も、若い人も、高齢の人も、からだと感情と考えと魂を、それなりに鍛えていく必要があると考える。

だから、瞑想集中コースでも、ボディエクササイズも大切にしている。

どういうアプローチで、いったい何をするか?これは、また別の日に説明してみますね。

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| Posted at 23:27 | 未分類 | この記事のURL | コメント(4)


 

とっても素敵な考えだとおもいます! 以前、体を鍛えてみたとき、新しくついた筋肉とか姿勢と自分の精神が調和しなくて苦しくなった経験があります。 精神を
いかして行動し、生きていくための肉体の整えかたに興味津々です。

posted by:パンダ at 2011.03.1007:33

鍛えるというと、なんか厳しい感じと狭い感じがして、トレーニングというとなんか、効果をねらっている感じがするかなあ。なにか良い言葉はないでしょうか?

僕自身は、鍛えるとかいうのが好きだけど、もうちょっとダルーい感じの言葉があるといいなあ。

心は、感情と思考と感覚の三つの方向から考えています。それぞれを鍛えながら、心全体、からだ全体をトレーニングしていく感じ。(ここでも鍛えるとかトレーニングとか用語が乱れているう。)

posted by:masahiro at 2011.03.1009:51

う~ん、思いつきですが、枯山水の庭を掃き清めるイメージが浮かびました。毎日行うけど、何かが昨日と違う、みたいな ……ん?

posted by:ランプ at 2011.03.1100:02

大変な地震で皆さん 無事でしょうか?
電話も通じないようです。
この寒さで、避難所も辛いと思います。どうぞ、皆さん無事でありますように…
瞑想コースの宿題にも繋がるのか、私にも何か出来ることがあるのかも…

posted by:かっしゃん at 2011.03.1121:25

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