2011.10.07

スティーブ・ジョブスの死。

いつか、その日が来ると分かっていても、ショックだ。Steve Jobsの死。

NYに戻ってきました。空港に、生徒の一人のステファノが迎えに来てくれていた。彼は僕に直接聞きたいことがあってプライベートな時間を持ちたいということもあったようだけど、とても助かった。

ランチは、僕の大好きなラ・パン・コンティディアンで、いつものチキン・カブ・サラダ。鍼のヤン先生の所に行って、ホールフードでナッツや卵を買う。

近くのアップルストアに寄って、セントラルパークをすこし歩いて、時差解消の為と思って日光を浴びる。

夕方にTVをつけたら、スティーブ・ジョッブスの死の特集が、いろんな局で行われていた。彼は膵臓ガンでかなりの重症なことは知っているものの、はやり彼のようなアイコンの死は、ショックだ。

TVでが、ずうっと何時間も特集を組んでいる。近くのアップル・ストアまで出かけてみる。お客の誰かが、白い百合を入り口に供えていた。

僕は、3年まえからアップルに改宗。そう、改宗という感じだった。それまではコンピュータが嫌いだったけれど、アップルに変えてから、楽しくなった。というか、なぜマックファンが世の中に沢山いるのかが分かった。

スティーブ・ジョブスは、単にビジネスマンではなかった。ビジョナリーだった。特に、彼が不死の病になってからのイノベーションは、神懸かりとも言える。i tune, i Phone, i Pad, I Pod など大変な先見的なプロダクトを発表しつづけた。きっと自分の死が近いことも分かっていたので、出来るだけのことをしたかったのかもしれない。

現代のヒーローの一人が亡くなった。と同時に、なにか同朋を失った感じを受けるのは、不思議だ。

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| Posted at 07:17 | 未分類 | この記事のURL | コメント(3)


 

私の最初のMacはMac Plusでした。

あのMS-DOSで四苦八苦していた時代。

まだオフィスのOA化なんて進んでいなくて、一人に1台PCをなんて、あり得なかった時代。

ワープロソフトは一太郎で 図形は花子だった時代に、天から舞い降りた奇跡の小箱がMacでした。

それからいまに至るまで、Appleが世に送り出した数々の奇跡のような製品の恩恵を受けて、私の生活はより輝きを増してきました。

Steve Job’sの死は、同じ時代を生きた私たちにとって、大切な友人を亡くしたように感じています。

一企業家でここまで個々のライフスタイルに影響を与えた人は、エジソンやアインシュタイン以外にはいないと、誰かが追悼のステイトメントで述べていましたが、本当にその通りだと思います。

I miss him so much.

合掌

posted by:雫 at 2011.10.0819:53

ジョブズ氏の訃報は、
個人的に面識があるわけでもないし
Macユーザーではあるけれど、アナログなわたしにとって近しいイメージの方でもなかったのですが
なぜだか、自分でもびっくりするくらいにショックでした。

スケールもエネルギーも全然違うのに、仲間をひとり失ったような感覚でした。
大げさですが、なんとなく自分の一部が失われたみたいな感じ。ちょっと元気がなくなりました。
その感覚が自分でも意外でした。
必要に駆られて使い始めたMacでしたが、初めて触った時、わくわくする気持ちを与えてくれたのを覚えています。
ユーモアと温かみと明るい意思のようなものを、コンピュータから初めて感じたんだと思う。
いまこの時に彼が亡くなったというのも、なんとなく、強いメッセージを感じています。

心から、ご冥福をお祈りします。

posted by:尚 at 2011.10.1121:26

世界中のアップルストアで、献花やメッセージがいっぱい。
これが自発的なのが凄いと思う。

これからのアップル社がどうなっていくのかも見ていきたい。

posted by:masahiro at 2011.10.1122:02

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