お世話になった人たちを、一人一人思い出す。

年末もいよいよ押し寄せてきました。

とてもとても落ち込んだある年(きっと1986年くらだったかなあ)に、自然としていたことがあります。お世話になった人たちを思い出しすことです。そして、その年からは、毎年行なっています。

まったく1人きりだなあって、落ち込んで(まあ、いろいろあったり、重なったりしたのですが)、ニューヨークのサンクス・ギビングも、クリスマスも1人。パークアベニューと50丁目にあるセント・バーソロミュー教会(http://www.theriversidechurchny.org/)のミサに行ってみたものの、人が一杯で入場できず。「ウーン、やっぱり駄目か。」でも1時間半ほど、さえないダイナーで待って、二回目のマスに参加できました。

クリスチャンでもない僕が、とにかくじっと瞑想というか、拝むというか、そういうことをしていたら、どんどん今までお世話になった人の顔が出てきた。しかも、かなり具体的に次々と出てくるのです。とりあえず有り難うございました、を続けてみました。まあ、限りなく出てくる出てくる。1時間半くらいのマスは、すっかりそれを続けました。膝をついて、手をあわせて、涙もどんどん流れてきてしまいました。なにか僕は、大変に信仰の深い人みたいに映るのが、可笑しかった。最後に教会にも感謝して、夜の2時くらいだったと思うけれど、歩いて帰りました。

それ以来、新年に向けて、最低限、行なうことがこれです。1人になって、心に出てくる人たちに、心で挨拶して、感謝をする。最初はゆっくり現れてくるのですが、出始めるとどんどん出てくるのです。同じ人が、何度か心に出てくる事もあります。忘れてしまっていて、記憶がはっきりしない、名前も分からない人もでてきます。毎年、現れる人も、特別参加で一度だけ、みたいな人も、本当に存在したのか不明な人もでてきます。お化けみたいですが、決してお化けではないのです。(真剣です。)

この数年、大きなイベントに参加があったのですが、今年は、特別に行事もなく静かに年を越そうと思っています。

でも、これだけはやろうと思っています。お世話になった人への感謝です。それにしても、本当に迷惑をおかけしています。これからも宜しく。

新年になって、行なうことが、もう一つありますが、それは、またいつか。

Post to Twitter