181丁目地下鉄駅のエレベーターマン。(その2)Take the A-train.

181丁目の地下鉄の駅には、長いエレベーターがある。

今では無人になっているけれど、10年前までは、一人のエレベーターマンが運転をしていた。

身体のとても大きな、眼も大きくてクリクリした、唇の厚い年配の黒人の男。

ちょっとかれていて、でも潤いのある声だった。Rに強い訛があって、どこか南の海を感じさせてくれる爽やかさがあった。

いつも汗をかいているのに、決して体臭は感じさせなかった。

ブルースという名前のこの男は、最初地下鉄の駅の掃除係としてニューヨーク市都市交通局(MTA)に雇われた。

NYの地下鉄の汚さと臭さといったら、これは世界でも誇れるものだけれど、 掃除をすることで、ホームや階段が、

すこしでも綺麗になるのを見るのが大好きだった。

勤務して8年目のある日に、掃除中に軽い心臓マヒで倒れてしまった。

それで身体に負担の少ない仕事というので、このエレベーターのオペレーターに移動になった。

 

この大きな男にとっては、ここはとても小さな空間だった。

毎日何度も何度もホームと改札口を上下するわけだ。利用客は、この箱が動く48秒間、息もせずに下をむいて、ドアが開くと無口で出て行く。

ブルースは、この無機質な空間と時間に閉じ込められた自分と、利用客になにかできないかと無意識に思っていた。

ある日、故郷の南の島に住んでいる5人の子供と8人の孫の写真をセロテープで隅っこに張ってみたら、

数人の客が、「誰だい?家族かい?」と尋ねてくれた。

「あら、可愛い子ねえ。何歳かしら?」会話がはじめて始まった。

オンボロだけど大切にしている自分のラジカセを持って来て、大好きなルイ・アームストロングの曲を遠慮がちに流してみた。

「もっと大きくしてほしいなあ。」

「ここにはA列車が走っているんだぜ。デューク・エリントンのTake the A-train (A列車で行こう)が良いなあ。」

「おじさん、これは誰が歌ってんの?なかなか素敵よ。」

雑誌から切り取って集めていたルイ・アームストロングや、マイルス・ディビス、オスカー・ピーターソンなどのジャズの巨匠の白黒の写真も張ってみた。

一緒に住んでいる捨て猫だったミーシャの写真も張ってみた。

緑や花があったら良いかと思って、自分のアパートから鉢植えも持って来た。

「私の犬の写真も張ってくれないかしら?」

「僕の描いた絵は?」「この間ハワイに行って来たんだ。良い写真だろう。どう?」

いつのまにか、エレベーターの壁は、犬や猫、家族や旅行の写真でいっぱいになった。

毎週、月曜にはブルースは、大変な時間をかけて写真や絵を張り替えた。

文字は無く、バラバラにテープで張られた感じだった。それでも、どんな人でもつい微笑んでしまう魅力があった。

それは不器用だけれど一生懸命な力だ。

クリスマスの時期には、クリスマスツリーが飾られ、ブルースはサンタの格好をした。

イースターには、兎と卵が、感謝祭には七面鳥の縫いぐるみが並んだ。バラの花でいっぱいになることもあった。

新しいラジカセを寄付してくれた人がいて、音質も良くなった。

オスカー・ピーターソンのコンサートのチケットをプレゼントしてくれた客もいた。

左手がもう麻痺していたピターソンの演奏は、ブルースには夢のようだった。けっして涙を見せない彼も、一人泣いた。

(明日に続く)

 

 

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