プエルトリコの国民的歌手:ダニー・リベラ。三千年前に会った親友。
- 2013.02.28
- その他
今年の始めに決めたことの1つに、一月に1つはドキュストーリーを書くことというのがあった。
あれぇ、もう2月が終わる。というのでギリギリだけど、第2弾。滑り込みー。
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ダニーは、僕の親友の一人だ。
プエルトリコでは、最も有名な歌手の一人。
なんというのかなあ、まあ、プエルトリコでは北島三郎みたいな存在かなあ。子供から老人まで誰でも知っている歌手で、国民的な声。
もっとも歌っているのはラテンの熱いバラードが中心なんだけど、サルサもなんでも歌ってしまう天才歌手と言われている。貧しい家庭から出て、街や教会で歌っていたのが、十代から認められてスターになったのです。プエルトリコや、ドミニカン共和国ではヒーローだけれど、他の人たちにはあんまり知られていません。
ニューヨークで一人暮らしをしているとどうしようもなく落ち込んだりすることがあります。
そういう時には、僕はプエルトリコに飛んで行くことが多かった。
ダニーや他の友人の所に泊めてもらって、数日過ごすとすっかり元気なってしまうのです。
それは、カリブの海は太陽や陽気な音楽のおかげでもあるけど、なによりも彼らの心の暖かさによるものでした。
ダニーと会ったのは、もうあれころ30年以上前のこと。
出会ったのは、プエルトリコ出身(ニューヨークに住むプエルトリカンのことをニューヨリカンと呼ぶのですが)の友人がプエルトリコで、僕が最も誇れる歌手がいるんだけど、ぜひ会わせたいということからだった。
その頃、ニューヨークで最も流行っていたセイヨウケンで食事をすることにした。
寿司バーをいうコンセプトを大々的に打ち出した大きなレストラン。薄暗い巨大なレストランの真ん中には、スポットで浮かび上がった寿司バーがあった。そしてテーブルは高級フランス料理のようなセットアップで、格好良いウエイターとウエイトレスだけが働いていた。
そういえば、あそこの名物メートラディー(マネージャー)はどうしただろう。
一目でゲイだとわかる日本人で、でもなかなかチャーミングでお客を沢山持っていた。名前は忘れてしまったけれど、彼がお店を動くとお客も動くという力のある男だった。
僕は、女性からは一件ゲイかなあと思われるのだけれど、ゲイからはまったくゲイだと思われないのです。ゲイの人たちに言わせるとあんたなんかがゲイなんて馬鹿にしないでよ、みたいな事になってしまいます。
でもゲイの人たちには、結構好かれるというところがあって、これはニューヨークで住むにはとても都合が言い訳です。ファッショナブルなところは、大体ゲイのお兄さんが支配しているから。
その頃流行っているレストランやクラブなどは、中は本当はあんまり客がいなくても、なかなか入れてくれないというポリシーがあったのです。マネージャーに好かれるか、とてもファッショナブルでないとなかなか入れてくれないという意地悪なポリシーだ。今は、そんな所はあんまり無くなった。
僕は、そこのバーで一人で待っていた。
ダニーと僕の友人は、一時間近くも遅れて来た。
「ごめんごめん、道に迷ってしまって。どのくらい待った。」
「大丈夫、ほんの三千年くらいだから、この一時間なんて問題にならないから。ははは」ラテンの人は、時間にルーズだというのは一般的な感じだけれど、ダニーが遅れたのは、この最初の一回だけだった。
会ってすぐに気があって楽しく食事をした。
その頃は、僕は日本のある雑誌にNYからのレポートみたいなページを貰っていて、その夜はラテンのクラブを取材しようと思っていたのです。ダニーがそれならば、一緒に行ってあげよう、彼はオーナーを良く知っているからということで夜遅くまで一緒にいることになった。かなり有名なラテンのバンドも入るダンスクラブ。いままでスターも出たし、殺人事件もあったりした、まあ由緒のある場所だ。
そのクラブに向う車のなか。
ダニーが、「ところでなぜ三千年待ったと言ったの?」
「いやあ、なんとなく口からでただけ」
「実は、ずうっとそれは本当なんじゃないかって思っていてねえ。」
「うん、実は僕もそう感じているんだけど」
「本当に三千年前以上に親友で、それ以来本当に久しぶりにあったような気がするんだよ。」
僕がじゃあ、それがどこだったか、一緒に口に出してみようと提案してみた。
「北アフリカのどこか、エジプトの近く。」
と同時に口からでた。
「そんな所に行った事があるの?」
二人で「無い!」
大笑い。
それから僕らは兄弟のように親しくなった。ダニーは、僕よりも10歳上。
実は、この三千年の話は、その後10年後くらいにキューバの旅の時に続くのです。
ダニーは、これまで40枚以上のLPを出して、カーネギーホールでも何度もショーをしている程のシンガー。
プエルトリコでも丁度、紅白歌合戦みたいなものが会って、彼はできるだけそういうショーにはなるべく出演しないようにしているのだけれど、それでも出るときに必ずトリ。最後にカウントダウンをする役になるのです。僕もなんどかその舞台裏に居たことがあります。ショーが終わると、とにかく真っ先に恥ずかしそうに、そこから逃げるようにして帰るのも彼の人の良さ。
ニューヨークにも時々来るのですが、そんなに寒くない日でも、マフラーを何重にも巻いて、コートを二枚も着て、寒いと言っているのが、カリブの人だなあって思って笑う。
(続く)